2009/3/12

ネット社会

今日は一日ネットがつながらなくてほとんど作業が進みませんでした(;;)
ほんとネットて現代社会に大切ですね。


インターネットができないのでメールもできず。

そのかわり、もう一度
じっくりと夕張での映画祭の意義や、学生映画祭っというものの意義を
机でじっくり、見つめなおしてみました。


(ちょっと、真剣です。)
この夕張国際学生映画祭は、1999年に旧ゆうばりファンタステイック国際映画祭の10周年特別協賛企画として、夕張市の市議さんの映画関係者の方から 誘致を受け、当時、日本サークル連盟(JAPAN CIRCLE FEDERATION)という、大学生のサークルやクラブ、同好会の連盟JCFが、学 生の活動の支援や発表の場の提供等の活動を行っており、JCFが主催者となって、第一回のJCF学生映画祭が開催されたのが、発祥です。

その後、3年間、夕張の地で開催されて、一昨年の夕張市の財政破綻の
原因にもなった市の財政出動とそのあり方の問題に直面し、やむなく、夕張の地を離れ、その後、第4回はなんと南の沖縄県、那覇市との共催での開催で、別所 哲也さんのアメリカンショートショート映画祭とも共催させていただき、アジア各地からの学生映画監督が那覇に招待されました。
このときの審査委員長は、崔 洋一監督にお引き受け頂きました。

第5回は東京、お台場での大江戸温泉内でおこなわれる、初の畳の上での
映画祭となり、温泉の一般のお客様も含めて大いに盛り上がりました。
審査委員長には飯田譲治監督にお願いいたしました。

第6回は、愛知地球博のEXPOホールでの開催で、地球博の公式行事として
開催され、国際をキーワードに神田知事も顧問や、審査委員長の林海象監督に大変ご指導を受けました。
当時、あまりにも立派な会場で学生全員が驚いたらしいです。

また、各映画祭の詳細は、第七回から八回・九回となる
夕張国際学生映画祭2007、2008とあわせて詳しく回顧したいと
思います。





それでもって、




今日は各映画祭の方に作品を提出していただくための

出展規定がほぼ正式に決定しました。


明日各映画祭の方にメールで送りたいと思います。



何かしらの反応があるとうれしいなぁ。。